JALと企業年金

たまにはタイムリーな話題でも紹介しようと思います。
メモ消化シリーズではありませんが、前から気になっていたのでそのことを少し。。


最近はJALの法的整理に伴うニュースが多いですね。
一般からは、典型的な大企業病のせいだとか、
官民癒着の結果、高度成長期の遺産の影響といった感じで
このことについては割と批判的に見られているような気がしています。
ただその流れの中に紛れて、自分としては重要なことが
見過ごされているような気がしていました。


それは、ニュースでも話題になった"JALのOB企業年金減額問題"に付随した
企業年金の位置付け」「年金減額の法的根拠」の話です。

財務状況を圧迫する退職給付債務



JALの法的整理に伴い、退職者への企業年金JALの財務状況を
大きく圧迫していることが分かり、OBの年金を減額すべきという流れになりました。


その給付月額は25万円と、ANAの月額約9万円と比べてもかなり高い額です。
そのトータルの負債額は8000億円、うち積み立て不足分は3000億と言われています。
普通に考えると、企業が実質的に倒産のような状況なんだから
その減額は免れないだろう、などと短絡的に考えてしまいそうですが
問題はその減額の法的な根拠がどこにあるのかということです。

企業年金の位置付け



法的根拠の話をする前に、まずは企業年金が現在どのような
位置付けにあるのかを明確化しておきます。


元々、退職金・企業年金というものの考え方には


1.後払い賃金説:従業員の賃金の一部の後払い
2.功労報奨説:従業員の企業への貢献度に応じた功労報奨として支払われる対価
3.生活保障説:従業員の低賃金の補正として退職後の生活補償のために支払われるもの


の3つがあると言われています。なかでも、現在は1が有力だと考えられています。
それは、2や3は企業にとって支払いの根拠(インセンティブ)が弱く
事象の説明として説得的でないと考えられるためです。
(わざわざ報奨を与えたり生活保障する義務は企業にはなく、そのリターンも薄い)


従って、企業年金ないし退職金というのは、
一般に「過去に提供した労役の対価の後払い」であると考えることが出来ます。
そう考えると、既に労役の提供を終えたOB側は現在、
労役の対価としての債権(将来お金を貰う権利)を所有している状態にある、と言えます。


なお、労役に対してそのような権利が発生するということは
労働契約として決められているため、それは入社時既に個人と企業の間で契約として確定しています。

企業年金の減額が意味すること



企業年金の減額が意味すること、それは早い話「債務不履行の確定」です。


OBからすれば労役に伴う債権の発生は労働契約上確定しており、
既に当該契約に基づき労役を提供していることを考えると、
年金の減額を頼むことは即ち、企業がOBに「借金を減額してくれ」と言っているのと同じことです。


外から見ていると、高額の年金を貰っておきながら減額にすら応じないOBが
既得権に執着する悪者に見えてしまうかも知れませんが、
本当に悪いのは債務(お金を払わなくてはいけない義務=借金)を返済しない企業のはずです。


その場合、年金の減額に応じない年金債権の所有者に対して、
財産権の放棄を強制することの根拠がどこにあるのかが問題になると考えられます。


これが、今回のJAL企業年金の減額に伴う問題です。

今回の件が持つ2つの特殊性



とはいえ、企業の倒産に伴い、債権者がその債権の減額を了承するのは良くあることです。
例えば、倒産寸前の中小企業に対し債権者である銀行が
その債権を放棄するといったことです。


しかし、今回の件は単に「規模が大きい」ということに加え、
債権者の特性から2つの点において特殊性を持っています。一つずつ見ていきます。




・債権者が個人の労働者である


自分としては、このことはとても重要だと思います。
一般に個人は専門家集団といえる企業に比べ、弱い立場にあるからです。


普通、企業が倒産した際の主な債権者といえば銀行が挙げられます。
日本は以前から資金繰りの手段としては投資家からお金を集める直接金融よりも
銀行などからお金を借りる間接金融が主流といわれています。
特に投資リスクが高い中小企業の場合は、日本の投資家がリスク回避志向が
強いこともあり、銀行に頼っている場合が多いとされます。


銀行は元々お金を貸すことを主要業務としており、
貸し出し時にはその貸し倒れリスクを算定し、
それに基づいて貸付額を決定するという過程を踏んでいます。
つまり、金融業のプロとしてリスクの存在を認知し、
定性的にも定量的にもそれを理解したうえで債権者となっています。


他方、個人の労働者というのは殆どの場合、金融のプロではないため、
当該年金債権の持つリスクの把握は実質上困難な状況にあります。
労働契約はあくまで当事者間の同意に基づく契約ではありますが、
実際には当事者である企業と個人労働者の間には、情報の非対称性が存在する訳です。


そのような事情を斟酌すると、一般的な銀行における貸付債権放棄の事例と
今回のような(元)個人労働者における年金債権放棄を同一地平線上で扱うことは
必ずしも適切でないと思います。


今回の年金減額問題に関して、反対のOBに対してもJAL側が年金の不払いを決定し、
それに対してそのOBが裁判を起こした場合、それはかなり重要な裁判となるのではないでしょうか。
その判例によっては、(判例が実務上法律と同等の意味を持つことを考えると、)
今後は銀行同様に個人労働者が年金、退職給付債権に伴うリスクを
予め考えておく必要が生じるかもしれません。


個人的には、そういった場合には何らかの社会的保障システムが
あるべきだろうと思っています。


・債権者が元社員である


企業年金債権の特質として、その債権者が元社員であるということが挙げられます。


これには二つの考え方があります。
一つは、元社員=現在の状況に導いた一員でもあるのだから責任を負担すべきという考え方。
もう一つは、当時は以前のシステムで上手くいっていたとすると、
その後の者がその状況を変えたのだから前の社員は責任を負担する必要はないという考え方です。


これに関してはどちらが正しいとは言えないのですが、
結局は給付金額、年金資産運用の予定利率の高低が相対的に見てどうか
というところで判断するしかないと思います。




とまあ、こういったことがあるので、
単に債権放棄の事例といっても慎重に考える必要があるのではないかと思いました。
あと企業年金制度に関する従来の会計制度の問題についても触れておこうと思ったのですが、
長くなりそうなのでこの位にしておこうと思いますw




このようなニュースも「それが何故、どういった意味で重要なのか」を理解することが重要ですね。


たまにニュースが趣味というか、時事的なトピックを知っていることを自慢する人がいますが、
自分としてはその知識だけではあまり意味を成さないと考えています。


ニュースは「新たに起きた'重要な'社会事象」と言い換えることが出来そうですが、
そのことはその"重要性"の理解(それはある程度の背景知識を要請する)なしでは、
ニュースの定義を満たさず、その人にとってニュースとして機能し得ないということでもあります。
だからこそ、その事象の意味ないし社会的メッセージを考えることが重要になるんですよね。


まあ、そんなことを考えてました。 (´・ω・`)




あと、JAL企業年金の話について、ここにも似たようなことが書いてありました↓
参考URL:http://diamond.jp/series/yamazaki/10089/?page=2




by Aricororisty